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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)110号 判決

原告

株式会社総合駐車場コンサルタント

被告

大井建興株式会社

主文

特許庁が昭和60年審判第22138号事件について平成2年3月1日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「自走式立体駐車場」とする特許第1283044号発明(昭和51年4月13日出願、昭和59年7月14日出願公告、昭和60年9月27日設定登録、以下「本件発明」という。)の特許権者であるが、原告は、昭和60年11月8日本件特許を無効とする審判を請求し、昭和60年審判第22138号事件として審理されたが、平成2年3月1日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年4月25日原告に送達された。

二  本件発明の要旨

ほぼ矩形に旋回することにより一周で一階分の高さを昇降して複数層の各階へ連続状に通じる走行用通路を左右に一対対向して設け、その一方を上り走行用、他方を下り走行用にするとともに、該一対の通路の一部を各層において重合させ、かつこれらの走行用通路の片側又は両側に駐車区画を設けて成る立体駐車場において、前記重合部を勾配を有する傾斜路に、重合部に対向する通路を平坦な通路又は駐車可能な緩勾配を有する傾斜路に、前記重合部と直角に連なる左右の相対向する二辺の通路を駐車可能な緩勾配を有する傾斜路に、該重合部と直角に連なり緩勾配を有する傾斜路の少なくとも内側と、前記重合部に対向する通路の外側とに、通路と同一面で連なりかつ通路に対し車両を直交状に駐車可能な複数の駐車区画を設けたことを特徴とする自走式立体駐車場

三  審決の理由の要点

1  本件発明の要旨は前項記載のとおりである。

2  請求人(原告)は、「本件特許を無効とする。審判の費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、その理由として、次に示すような趣旨のことを主張し、本件特許が特許法第一二三条第一項第一号に該当し、無効とされるべきものである旨を主張している。

(1) 本件発明は、甲第一号証(昭和57年(ワ)第1474号本人調書、以下、本項における書証番号は審判手続における書証番号による)から明らかなとおり、その発明者である堀田正俊が外国の公知文献に記載されていたものをそのまま出願したものであり、特許法第二九条第一項第三号の発明であるから、本件特許は、同項の規定に違反してされたものである。

(2) 本件発明は、その特許出願前日本国内又は外国において頒布された刊行物である甲第二号証・甲第一二号証(Metropolitan Parking Struc-ture)、甲第五号証(カタログ「FUNCTIONAL DESIGN」)、甲第六号証・甲第一三号証(Parking一九七三年一〇月号)、甲第七号証(パーキングビル鉄道駅 空港 放送・通信施設)又は甲第一一号証(Bauten des Verkehrswesens)に記載された発明であり、特許法第二九条第一項第三号の発明であるから、本件特許は、同項の規定に違反してされたものである。

(3) 本件発明は、その特許出願前外国において頒布された刊行物である甲第九号証・甲第一四号証(THE COMING CHANGES IN PASSEN-GER CARS)に記載された発明と同一であるか、又は、同発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は、特許法第二九条の規定に違反してされたものである。

(4) 本件発明の要旨とする事項中「重合部に対向する通路を平坦な通路又は駐車可能な緩勾配を有する傾斜路」とした点は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載されてなく、昭和59年1月17日付けの手続補正により付加されたものであつて、同手続補正は、明細書の要旨を変更するものであるから、本件発明に係る特許出願は、特許法第四〇条の規定によりその補正について手続補正書を提出した時にしたものとみなされることとなり、そうであれば、本件発明は、その特許出願前日本国内において頒布された刊行物である甲第一〇号証(昭和52年特許出願公開第124739号公報、本件発明に係る公開公報)に記載された発明と同一であるか、又は、同発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は、特許法第二九条の規定に違反してされたものである。

そして、請求人は、前記(2)の理由に関連して、甲第三号証(株式会社東光堂書店の証明書)、甲第四号証(昭和56年審判第25165号審決)及び甲第八号証・甲第一五号証(昭和54年審判第3018号特許異議の決定)を提出し、前記(4)の理由に関連して甲第一六号証(昭51年特許願第42213号の願書に最初に添付した明細書及び図面)及び甲第一七号証(技術資料「連続傾床式立体駐車場について」)を提出している。

3  以上を確認の上で、請求人が主張する理由について以下に検討する。

(1)の理由について

甲第一号証によると、本件発明の発明者は、本件発明がアメリカの文献に記載されたものをそのまま出願したものである旨を述べているが、甲第一号証をみても、その米国の文献は特定されていないばかりではなく、本件発明の特許出願前米国において頒布された刊行物であるか否かも明らかではないから、甲第一号証によつては、本件発明が特許法二九条第一項三号の発明であるとすることはできず、本件特許が同項の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

(2)の理由について

(イ) 甲第二号証・甲第一二号証

甲第二号証・甲第一二号証には、その表紙の次頁の左下に、「C1975 By Verlag Gerd Hatje, Stuttgart」と表示されていて、1975年にシユツトガルトの出版社 ゲルト ハツチユによつて版権登録がなされたものであることが示されている。しかしながら、著作物の版権登録の年は、その発行の年と必ずしも一致するものではなく、このことは、甲第七号証において版権登録の年を1977年と表示している(奥付けにおける「C 1977 in Japan by Shubunsha」の表示参照)のに対して、発行日を「1978年11月3日」と表示していることからも明らかであるから、甲第二号証・甲第一二号証における前記版権登録に関する表示によつては、その著作物の発行時期を知ることはできない。よつて、甲第二号証・甲第一二号証は、その発行時期が何も記載されていないから、本件発明の特許出願前頒布された刊行物であると認めることはできない。

この点について、請求人は、甲第二号証・甲第一二号証の著作物が日本国内において販売されたとする甲第三号証の証明書を提出し、これにより同著作物が本件発明の特許出願前すでに日本国内で閲覧が可能であつたことは明らかである旨を主張しているが、例えば、その著作物の外国からの入手時期や入手経路等その販売に至るまでの具体的な事実は何も明らかではないから、甲第三号証だけからでは、甲第二号証・甲第一二号証が本件発明の特許出願前日本国内において頒布された刊行物であると認めることはできない。

(ロ) 甲第五号証

甲第五号証のカタログには、その発行日すら記載されておらず、同カタログが本件発明の特許出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物であると認めることはできない。

(ハ) 甲第六号証・甲第一三号証

甲第六号証・甲第一三号証中請求人指摘の図4をみると、同図に図示されたものは、本件発明と同一の技術分野に属する自走式立体駐車場であるが、同図には、本件特許の特許請求の範囲に記載の駐車区画に関することが何も記載されていないばかりではなく、特に、本件発明の構成要件である「一対の通路の一部を各層において重合させた重合部を勾配を有する傾斜路とした」点が記載されていない。そして、この重合部をも傾斜路としたことにより、本件発明は、その明細書に記載したような作用効果、すなわち「比較的小さなスペースにおいても緩やかな勾配で昇降することが可能であり、狭少な敷地においても設置できる。しかも通路の殆んどの傾斜は緩勾配であるため運転フイーリングがよいのに加え、一周の旋回走行により一階分だけ昇降できるのでドライバーの錯覚もなくなり、走行路の安全性に優れ、とくに未熟なドライバーにも適している。」という作用効果を奏するものであるから、本件発明が甲第六号証・甲第一三号証に記載された発明であるとすることはできない。

(ニ) 甲第七号証

甲第七号証の発行日は本件発明の特許出願後の1978年11月3日であるから、甲第七号証は、本件発明の特許出願前に頒布された刊行物であると認めることはできない。

(ホ) 甲第一一号証

甲第一一号証には、その第三頁の左下に、「C1973」と表示されていて、1973年に版権登録がなされたものであることが示されている。しかしながら、前述したように、著作物の版権登録の年は、その発行の年と必ずしも一致するものではなく、甲第一一号証における前記版権登録に関する表示によつては、その著作物の発行時期を知ることはできない。よつて、甲第一一号証は、その発行時期が何も記載されていないから、本件発明の特許出願前頒布された刊行物であると認めることはできない。

以上のとおりであるから、(2)の理由中の証拠方法によつては、本件発明が特許法第二九条第一項第三号の発明であるとすることはできず、本件特許が同項の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

(3)の理由について

甲第九号証・甲第一四号証は、その発行時期が何も記載されていないものであるから、本件発明の特許出願前頒布された刊行物であると認めることはできない。もつとも、甲第九号証・甲第一四号証の第二頁目には、「この論文は、リチヤードロツチによつて準備され、1972年10月6日カリフオルニア州 ロスアンゼルス ビルトモアホテルにおいて開催されたロスアンゼルス駐車場協会主催の駐車場セミナー“セミナー・72”に提出されたものである。」という記載があるが、その論文が同セミナーにおいて甲第九号証・甲第一四号証のような刊行物の形態で提出されたか否か明らかではないばかりではなく、不特定多数の者に配布されたか否かも定かでないから、その論文それ自体も、本件発明の特許出願前頒布された刊行物であると認めることはできない。また、甲第九号証・甲第一四号証には、本件発明の構成要件である「一対の通路の一部を各層において重合させた重合部を勾配を有する傾斜路とした」点が記載されていない。そして、この点により、本件発明がその明細書に記載の前述のような作用効果を奏する以上、本件発明が甲第九号証・甲第一四号証に記載された発明と同一であるか、又は、同発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできないから、本件特許が、特許法第二九条の規定に違反してされたものであるとすることはできない。

(4)の理由について

本件発明の出願当初の明細書及び図面において、特に同明細書第七頁一行ないし第七行において別の実施例が挙げられ、「この実施例は第六図の斜視図からも明らかなように通路(1)を上り走行車線専用の通路(1―1)と下り走行車線専用の通路(1―2)とに分けて配設した例である。そして各階において、上記の通路(1―1)及び(1―2)の重合通路(1―3)が構成されており、上り走行車線と下り走行車線とが交わるようになつている。」と記載されている。そこで、第6図をみると、本件発明の構成要件で挙げられている「重合部に対向する通路」が図示され、この通路は、図面から把握されるところによると、平坦な通路又は緩勾配を有する傾斜路のいずれかであり、また、第5図に図示された両端の通路と同一形状をしていることがわかる。そして、第5図をみると、その両端の通路は、明細書第六頁第一四行、第一五行の「平坦(水平)なコーナー部(1b)と同一面に構成されている」の記載により、平坦な通路であることが認められる。ところで、前記「通路(1)」とは、出願当初の明細書第三頁第一〇行ないし第一二行に記載の「一階から屋上階までの各階に連続して通じる車両走行用の通路(1)」のことを示すのは明らかであり、同明細書第五頁第一行、第二行目には、「通路(1)は連続した緩勾配としてもよい」という記載があることから、第6図における「重合部に対向する通路」を平坦な通路にしたり、緩勾配を有する傾斜路にしたりすることは、設計上自明の事項である。してみると、本件特許の要旨とする事項中「重合部に対向する通路を平坦な通路又は駐車可能な緩勾配を有する傾斜路」とした点は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載の事項からみて自明のことであるから、昭和59年1月17日付けの手続補正が、請求人の主張するように、明細書の要旨を変更するものであるとすることはできず、本件発明にかかる特許出願が、特許法第四〇条の規定によりその補正について手続補正書を提出した時にしたものとみなすことはできない。そうであれば、甲第一〇号証(昭和52年特許出願公開第124739号公報、本件発明にかかる公開公報)は、本件発明の特許出願前に日本国内において頒布された刊行物であるとすることもできないから、本件特許が特許法第二九条の規定に違反してされたものであるとすることはできない。

4  以上のとおりであるから、請求人が主張する理由及びその提出した証拠によつては、本件特許が特許法第一二三条第一項第一号に該当するものであるとすることはできず、本件特許を無効とすることはできない。

四  審決の取消事由

審決は、審判請求人である原告が、本件発明はその特許出願前日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された発明であることを主張し、提出した「交通制度の構造」(Bauten des Verkehr-swesens)(審判手続における甲第一一号証、本訴の甲第三号証、以下、「甲第三号証」という。)について、その著作年に関する表示が「C 1973」とあるにもかかわらず、当該表示はその発行年と必ずしも一致するものではなく、同号証には、発行時期が記載されていないから、本件発明の特許出願日前に頒布された刊行物であると認めることはできないと判断した。

しかしながら、著作年の表示がある場合当該年に発行されていると見るのが常識的であり、現に右刊行物が本件特許の特許出願日前である1973年(昭和48年)に発行されていたことは、右刊行物が本件特許の昭和48年に名古屋大学付属図書館に受け入れられていたことから明らかである。したがつて、右甲第三号証の刊行物は本件特許の特許出願日前に頒布された刊行物である。

すなわち、甲第四号証は、甲第三号証と同一の本であるが、名古屋大学付属図書館の受入印が押捺してあり、甲第三号証が名古屋大学付属図書館に受け入れられたものであることが明らかである。その受け入れ年月日については、甲第五号証の「図書請求及び命令書」(名古屋大学付属図書事務部長の証明文付き)に「受領 昭和48年8月15日」とあり、甲第三号証の刊行物がその著作年である1973年(昭和48年)に発行され、頒布されていたことは明らかである。そしてこれは明らかに本件特許の特許出願日(昭和51年4月13日)より前である。

以上のとおり、甲第三号証は本件特許の特許出願日前に頒布された刊行物である。しかるに、審決はこの点を誤つて判断し、本件特許の特許出願日より前に頒布された刊行物でないとしたものであり、その判断の違法なことは明らかであるから、取り消されるべきものである。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。

二  同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

原告は、「昭和48年当時、甲第四号証が名古屋大学付属図書館に受け入れられていたから、それと同一内容の甲第三号証の刊行物も本件特許の出願日前に頒布された刊行物であるといえる。」と主張している。

しかしながら、原告提出部分だけでは、甲第四号証と甲第三号証が同一物であると断定することは困難である。なぜならば、未提出部分において異なる箇所が存在することは十分考えられること、また、出版物においては、版が重ねられることが多いことから、甲第四号証と甲第三号証が同一の版であると認定することは原告提出部分だけでは困難だからである。

第四証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(本件発明の要旨)、同三(審決の理由の要点)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決の取消事由について判断する。

原告は、審判請求人である原告が本件発明はその特許出願前日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された発明であることを主張し、提出した甲第三号証について、本件発明の特許出願日前に頒布にされた刊行物であると認めることはできないとした審決の判断は誤りである旨主張する。

原本の存在及び成立に争いのない甲第四号証及び成立に争いのない甲第五号証によれば、甲第四号証の原本は、ドイツ建築誌選集編集、SナゲールおよびS・リンケ改定、ベルテルスマン・フアクフエルラーク「交通体系の建築物(Bauten des Verkehrswesens)パーキングビル・ガソリンスタンド・鉄道駅・空港」と題する刊行物の表紙、第一頁目ないし第四頁目、第五頁、第八頁ないし第一二頁及び裏表紙であつて、1973年(C 1973)ベルテルスマン・ゲー・エム・ベー・ハー、ベルテルスマン・フアクフエルラークによつて共同出版されたものであるところ、昭和48年8月15日日本国内における公開図書館である名古屋大学付属図書館に受け入れられたことが認められ、これによつて国内に頒布された刊行物となつたというべきである。

そこで、弁論の全趣旨により原本の存在が認められ、かつ写しの成立について争いのない甲第三号証と前掲甲第四号証とを対比すると、その表紙、第三頁目、第四頁目、第五頁、第八頁ないし第一二頁及び裏表紙の記載内容は全く同一であると認められるから、両者は、同一の刊行物と推認される。

したがつて、甲第三号証の原本たる刊行物は、本件発明の特許出願日(昭和51年4月13日)より前である昭和48年8月15日既に国内に頒布された刊行物というべきである。

この点について、被告は、原告提出部分だけでは、甲第四号証と甲第三号証とが同一物であると断定することは困難である旨主張するが、両者は前記認定の記載内容において全く同一であり、ほかに両者がその記載内容を異にし、あるいは版を異にするものであることを疑うべきなんらの証拠も存しない以上、前記認定の記載内容に基づいて両者を同一の刊行物と推認することができるというべきであるから、被告の右主張は、理由がない。

以上のとおりであるから、審判請求人である原告が本件発明はその特許出願前日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された発明であることを主張し、提出した甲第三号証について、本件発明の特許出願日前に頒布された刊行物であると認めることはできないことを理由として、甲第三号証によつては本件発明が特許法第二九条第一項第三号の発明であるとすることはできないとした審決は違法であつて、取消しを免れない。

三  よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 岩田嘉彦)

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